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2011年5月14日土曜日

新緑の季節

 カレンダーを5月に替えてから、もう半月が経ちます。
皆さまは、連休を如何お過ごしになられましたでしょう?

 鳥が唄い、色とりどりのお花たちが咲き競うこの時期は
自然の美しさを堪能させて貰い、自分も万物の一つに
過ぎない存在であると、実感をさせられてしまいます。

 彼の地では、自然の脅威で、お辛い毎日をお過ごしの
多くのみなさまがおられる中、新緑をくぐる風を受けて
ご自身の人生を振り返っておられるみなさまも、いらっしゃる
のではと思います。

 『誰かに、自分の歩んで来た道をお話ししてみたい。』
そんなお気持ちを抱かれましたら、オフィス デイジーに
是非、ご連絡をしてみてください。
 新緑の樹の下をゆっくりとお散歩をしながら、長い長い
人生のお話を、お伺いさせていただきます。

2011年3月31日木曜日

春はもうすぐ

 近くのお家の庭先に、早咲きの桜が既に咲き誇っています。
季節は着実に春を運んできています。もうすぐです。
 早く暖かくなって、東北地方へ桜前線を贈って欲しいです。
きっと、桜の精から、被災されましたみなさまへ、元気を
プレゼントしてくれる筈です。

 3月は、本当に悲しい日々になりました。
ライフラインの途絶えた生活は、大変に不自由です。
被災した時すぐの毎日は、身の回りの事で必死です。
一番辛い思いは、”この生活がいつまで続くのだろう?”
という絶望的な気持ちです。

 「後2~3日でガスが通るらしいよ。〇〇丁目迄工事が
   来てるから。もうすぐみたいよ。」 とかの情報を聞くと
もう少し、あと少しだ! 頑張ろう! と思いました。

 一日も速い復興を願う、その思いが全てです。

2011年3月18日金曜日

前回の投稿の日。11日午前1時でした。

  前回の投稿の原稿を、11日深夜1時半頃、書いておりました。
東京へセミナーを受講に行けるので、ワクワクしていました。
残念ながら、セミナーは中止になりました。

 ほぼ12時間後の11日の午後2時46分に、たくさんの方々の
運命が変わりました。

   【 東北地方太平洋沖地震 】から今日で一週間です。

 大切な命を落とされたみなさまの、ご冥福をお祈りいたします。
 被災されたみなさまのご無事をお祈りしております。

 神戸の震災時、私を真ん中に娘二人と川の字で寝ていて
明け方の激しい揺れに、爆弾投下?と錯覚しました。
3人で住んでいた借家は半壊になりました。

 当時の被災生活の凄まじい日々を、今テレビの画面で見ています。
あの時、西宮で、長野県ナンバーの消防車とか、遠くの他府県の
ナンバーの救援の車を見て、言葉にできない感動を覚えました。
自衛隊の給水車にお水を貰った時も、水を貰う作業以上の
ありがたい思いを感じました。

 被災地は今、民間ボランティアも参加できない状態です。
 日本人の全てのみなさまが、今思っておられる
『自分に何かできることは無いか?』 という思いは
私も同じです。
 
 阪神の地震で被災した日々を思い出して、今回被災されて
避難されておられるみなさまに、自分でもお役に立てることを
冷静に考えて、行動に移したいと思っています。 

2011年2月18日金曜日

デイジーパーティー

父母の想い出

 私の母は5年前に、膠原病という難病で他界しました。
父は2年前に、胃癌に負けて他界しました。
 20歳代に終戦を迎え、我武者羅に生きて来たと
繰り返し、苦労話を聞かされました。

 私が小さかった頃、母は、毎年お盆のお参りに
大阪の四天王寺という寺院へ私を連れて行きました。
 総門の所に、白い着物を着て、草色の兵隊帽を
かぶり、アコーディオンを弾く方達がいました。
その物悲しい曲目もはっきり覚えています。
 その方達は、足が無かったり、腕がなかったり。
無い足には、特別な包帯がされていました。

 私は、その方達を見るのが怖くて怖くて、前を通る時
身体がカチカチに硬くなり、母の腕に縋りついて歩きました。
 母に後生だからあの道は通らいないで欲しい。と
おお泣きをして懇願をし、また、お参りの季節になると
憂鬱になるのでした。
 私が年頃になる頃、いつの間にか、その方々の
姿は消えてしまいました。

 私は平和な時代に育った事を感謝しています。
戦争で手足を失くした、あの方々の上に繁栄があり
そして、豊かな?今がある。
 大部分の父や母の年代の方々が、”勿体無い”
”贅沢は敵”との思いで生きてこられたと思います。
 
 『振り返れば、自分の人生は幸せだったのだろうか?』 
皆さまお一人お一人のその思いを、ご縁があり、時代を
共に過ごされた周りの方々と笑顔で語り合える。

 "デイジーパーティー" は、一人一人の皆さまの人生を
価値ある時間に替えてお届けしたいという企画です。

 我武者羅に生き、病に倒れた、敬愛する父母に
プレゼントする筈の企画でした。

 たくさんの皆さまに、この思いをお伝えできる企画に
して参りたいと思っています。

2010年12月31日金曜日

大晦日

”ミレニアム” 1999年~2000年。
二人の娘達に、”エアロスミス” という音楽バンドの
真夜中ライブへ連れて行って貰い、記念すべき世紀の
年越しを、カウントダウンして祝いました。
あれから、早くも10年。そう、10年ひと昔です。
そして、今年2010年、オフィス デイジーが誕生しました。

今年は若者に混じって、老眼鏡を掛けて挑んだ検定試験に
運良く合格でき、2つの資格を得ました。
昨年12月にパート勤務を始めて、10日後に父が他界をし
今年6月迄勤務。その後7月のオフィス デイジーの開業届。
振り返れば、今年も我武者羅な一年を過ごしました。

オフィス デイジーを開業して、沢山の方々に巡り会う事が
できました。そして、沢山の事を教えてくださいました皆様に
心より感謝をし、御礼を申し上げます。
その方の人生に踏み込んだりしなくても良い。
『 ただ、言葉を交わし、笑顔でご挨拶をする。』
それだけで、人は幸せになれると気付きました。
学びました、この思いを、これからも皆さんにお伝えして参ります。
明日から始まる来年、オフィス デイジーは更なるバージョンアップを
して参りますので、オフィス デイジーの成長を、暖かく、そして
ちょっぴり楽しみにお見守りください。

来るべき2011年が、皆様にとりまして楽しい一年と
なります様にお祈り致します。

2010年11月21日日曜日

今週は、私にとりまして、人生勉強をする良い
機会に恵まれました。
2回の昼食会で、人生の先輩達のご立派な
足跡と考え方を学ばせていただけたのです。

初めは、関西の経済界を支えておいででした重鎮、
経済の専門家の紳士です。
隣に座って、お食事をご一緒させていただけるだけでも、
舞い上がり、身の引き締まる思いでした。
正直、緊張で何をお話させていただいたのかも、思い出せない
最悪のシチュエーションで面談は終わりました。
でも、貴重なるお話は、流石にビジネスに対する視点が違う
と分かりました。そして、一流の方に共通の、単刀直入な
鋭い会話の運び方からは、どの様な状況であれ、相手の方
とは、もっと真摯に対話をしなければならないと、
私の考えの甘さを痛感しました次第です。
自分の至らなさを教えて頂けた、これは、有難い事と
思います。

次は、私の亡き母親より一寸ご年配の女性の先輩達。
外見は亡き母の年代に近いので、そのように捉えて
しまいましたが、お話をさせていただきますと、先輩達の
内から溢れ出る凄い才能や凝縮された人生の艶に
只ただ圧倒されてしまいました。
戦争で勉学どころでは無い時代。女性の学歴がともすれば
軽視されていた時代に、きちんと自分を磨いて充実した
人生を歩んで来られた、力強い信念と努力。
その影の部分を全く私に見せてくださらない、朗らかな会話。
どれ程の人生勉強をすれば、この先輩達の域に達する事が
できるのであろうか? と、すさまじいばかりの、彼女達の
エネルギーと、極められた余裕を感じました。
そして、こうして私に打ち解けたお話をしてくださるのも、
先輩としてのお努めとして、教えてくださっているのだと
分かり、有難く思いました。

戦争の体験談を若い人達にお話しをし、平和の尊さを伝える、
という運動を続けておられる年配の方々がおれらる。
というニュースを耳にした事があります。
人生の先輩達からのお言葉は、この歳である故に、心に沁みる
のでしょうか? いえいえ、未だ間に合うから一層の精進をと
エールを送っていただいたのだと思います。

ご立派な先輩達にお目にかかる事ができ、人生のお勉強を
させていただけました良い一週間でした。

2010年10月26日火曜日

Start

今日は、このページを初めて書きます。
折りしも、今日は初雪が降ったそうです。
想い出には良いスタートの日になりました。
まっさらの初心を忘れずに、これから、
私の人生のキャンバスの上に、一つ一つの
お仕事を描いて行こうと思います。